防災・減災への指針 一人一話

2013年11月14日
復興パーク進出企業から見た現状
太陽工業ジオテクノサービス株式会社
出口 勝彦さん

多賀城市への進出と現状

(聞き手)
 会社の概要について教えて頂けますか。

(出口様)
太陽工業は各所に工場を持っていまして、太陽工業ジオテクノサービスはその子会社として、震災後に土木資材関係の商材を安価で販売しています。関東にも加工場を持っていたのですが、リーマンショックの影響で関西でしか加工出来ない状況でしたが、やはり東北に製造拠点を置いて、地産地消に協力出来ればと思って活動しています。
まだ人数は少ないのですが、雇用対策にも努めています。

(聞き手)
多賀城で稼働が始まったのはいつ頃なのでしょうか。

(出口様)
震災から1年後くらいです。建物を借用したのが平成24年7月くらいで、設備を整えて平成25年3月にパート社員を雇用し、同年5月から徐々に仕事が入ってきているという状態になっています。

(聞き手)
従業員は何名ほどいらっしゃるのでしょうか。

(出口様)
現在は3名です。

(聞き手)
主に、何を作っているのでしょうか。

(出口様)
土木関係のテントです。こちらで作って東京や関西に納めているものもありますが、今は東北が中心で、仙台の営業所が受注してきた土木関係の製品を作らせて頂いています。
震災関係だけではなくて、湾や道路、整地する時に使うシートも手掛けています。
シートは大きくて重くて扱いも大変ですが、この間作ったものは1,000平方メートル弱、30メートル角くらいあります。

(聞き手)
多賀城市に進出した理由についてお聞かせください。

(出口様)
地産地消を考えていた時に、多賀城市役所に相談したところ、みやぎ産業振興機構さんが復興パークを貸してくださるというお話がありましたので、ここをお借りして営業しています。
また色々な企業さんが入っているので、情報も入って来ます。
皆さん、復興に向けて一生懸命に取り組んでいます。

企業側から感じる復興状況

(聞き手)
 震災後の多賀城の印象は、どのようなものですか。

(出口様)
私は、多賀城市がある程度復興したところからしか存じませんが、従業員の話を聞くと、震災当時は相当大変だったようです。
しかし、多賀城の皆さんは、明るくて精神的に強いと思います。ですから、気持ちの面でも前向きに復興が進んでいるという印象があります。

(聞き手)
太陽工業さんが多賀城に進出して、平成26年で3年になりますが、この1年間で復興に向けて進んでいるという実感はありますか。

(出口様)
営業の話では、遮水シートというがれきの下に敷くシートや、高潮対策で使う復興関係の商品がやはり多く売れると言っていましたので、まだまだ需要があるのだと感じています。
他には、低地から高台に住居を移すための整備などもお手伝いさせて頂いています。最初は瓦礫の整理、それから高潮対策、その次に居住区の整備という事で、復興は次第に進んでいると思います。

防災製品に関する行政に必要な知識

(聞き手)
 復興に向けて、資材不足の懸念はありますか。

(出口様)
私たちが使っているのは特殊な材料なのです。
生コンクリートが不足しているという話は聞きますが、うちでは生コンクリート自体は作っていないので実情はよく把握していません。
ただ、聞くところによると、土嚢の代わりに発泡スチロールを積んでいるそうで、発泡スチロールは軽いですし、経費も掛らないので、道路の土台に盛るのに都合がいいそうです。
今、東北の太陽工業では震災関連の製品として、一時的な救護所に使うエアーテントなどを作っています。
また、土嚢関係で新しいアイデアの導入も考えています。
例えば、土嚢は10キロか15キロの袋を何千個も積まないとフェンスになりませんが、その代わりに水を入れてフェンスが出来ないかと考えています。三角形をしていますので安定感もありますし、この水嚢1つで1メートルくらいの高さの水まで耐えられるようになっています。ホースで水を入れれば使えますし、使い終われば水を抜いて収納出来るので、各地域の防災対策として考えています。
平成25年12月くらいから本格的に設備を備え加工して、この新商品をPRしていきます。
復興に伴う鉄骨関係と防災関係のグッズがセットになって広がり、多賀城市に企業を招致する事になれば、お互いのためになると思います。

(聞き手)
メインとなるテントの加工は、骨組みの施工までしているのでしょうか。

(出口様)
はい、そこまでやります。特殊な材料ですので、引っ張り具合などの微妙な調整があります。鉄骨から全部する場合もありますし、鉄骨だけは専門の業者に頼んで作業してもらうという事もあります。

(聞き手)
今後発生が懸念されている東海、東南海地震等に対して、公的機関で準備しておいた方がいいものはありますか。

(出口様)
市や官庁関係には仮設のテントが必要だと思います。フェンスがあれば、常時は小さく畳んでおいて警報が出た時に敷き、水を入れてブロックすることが出来ます。
これからは多賀城市を含めて、行政側がこういった製品があると事前に知っておく事も、防災という面で大切な事だと思います。

(聞き手)
 太陽工業さんご自身での防災・減災への取り組みがございましたら、防災訓練などのお話も含めて、紹介して頂けますか。

(出口様)
復興パーク内のテクノロジーセンターの防災意識は高くて、月に1回必ず火災と地震、津波を想定した防災訓練を行っています。私たちも意識的に参加させて頂いています。

復興パーク内の高い防災意識

(聞き手)
防災訓練はどのように行っているのでしょうか。

(出口様)
広場に出て全員で点呼し、火災の場合はその後解散になります。地震の場合は安否確認して、津波警報が出たら、6階に避難する事になります。

(聞き手)
岡山の工場や関西では、災害を想定した設備というのはございますか。

(出口様)
災害時は食糧と医療品、寒い時期であれば、暖を取ることの3つが大事だと思っています。工場の稼働に関しては、照明と電気さえ通じていればミシンが使えるので、基本的な生産設備に大きな影響はないと思っています。設備を任せられるだけの人が確保出来れば物が出来るという事で、そんなに大きな設備は置いていません。

(聞き手)
 東日本大震災を含め、過去の災害から得た教訓や経験はございますか。

(出口様)
私は阪神淡路大震災の時に埼玉にいて、震災の日は大阪に出張で出かけようとしたのですが、新幹線が止まっており、大阪に行くことができませんでした。
今回の震災時も岡山にいましたので、テレビの放送で甚大な災害だったと認識しましたが、直接大きな被害を目の当たりにすることはありませんでした。今も余震がありますが、徐々に地盤がずれているということを考えた時に、地震がない時の沈黙の方が怖い気がします。いつ大きな揺れが起きてもおかしくないので、地震があった時には警報を早く出してほしいと思う事があります。
以前、多賀城市で防災訓練があり、津波警報がメールで出ましたが、遅かったように感じました。的確に早く、情報を出して頂かないと、いざという時に行動出来ないと思います。

(聞き手)
仙台支店も震災を経験して非常に苦労されたと思います。企業の皆様の防災意識はどのように感じておられますか。

(出口様)
会社には、備蓄品が1週間から10日分くらいあると思います。防災の意識が高くて、出来ていないところは見直して改善していこうという動きが今も続いています。

(聞き手)
関西の工場では避難訓練と防災訓練はしていたのでしょうか。

(出口様)
年に1回は火災訓練をしていました。

(聞き手)
防災マニュアルを準備されていたと思うのですが、見直す機会はありましたか。

(出口様)
震災後に関連会社や子会社、親会社との連絡網の整備を改めて見直しました。マニュアルが陳腐化してしまったら役に立たないので、その時に応じて改定していかなければいけないと思います。震度いくつ以上は従業員と連絡を取り合うといった、そこまでのルールはありませんが、社内のネットワークで安否確認出来るようになっています。

(聞き手)
 その他に何か、伝えておきたい事はございますか。

(出口様)
多賀城市では、今、多賀城駅の再開発の動きがあるので、それが復興の先端になってほしいと思っています。出来る事なら、多賀城市としての個性が際立つ復興をして頂きたいです。